第一章 |
2.パイプと著名人 |
日本では少数派、希少(天然記念物と表現するとさすがに悪口となるが)と言ってはばからないパイプ喫煙だが、初めた切っ掛けは父親の音楽生活だった。 ここであえて「父親のパイプ喫煙を見て」と書かないところにミソがある。 これは推測でしか過ぎないが、父親がパイプ喫煙を始めたのは、音楽で飯を食っている者として、当時の流行に乗っかっただけだったと、今更ながらに思う。 確かに私の子供の頃、パイプをくわえながら万年筆に五線譜のスタイルで、レコードから楽譜起こしをしている父の姿を良く見かけた。 しかし今思えばそのスタイルは、当時の音楽業界における「紋切り型」だったのではないかとも思われる。 吸っているパイプタバコと言えば、ハーフ・アンド・ハーフ一種類のみで、肝心のパイプは私が譲り受けた一本だけ。 しかもそのパイプも、音楽関係者だった友人から買った、いわゆる中古品との事だった。 これらの事から考えると父親のパイプ喫煙、戦後の1950年辺りに訪れていたであろう、流行に乗っかっただけだったのではと思う。 |
音楽と喫煙、そのつながりは思いの外深い。 |
では日本の音楽シーンではどうだろう。 日本の音楽業界における、パイプ愛好家の第一人者と言えば、NHKの専属作曲家として有名な團伊球磨(だんいくま)氏だ。 NHKとの専属契約を結んだのは1948年の事となる。 ちなみに團伊球磨(だんいくま)氏、本職は音楽家だった事は確かだが、我々パイプスモーカにとっては音楽家より、「パイプのけむりシリーズ」のエッセイストとしての方が馴染みが深い。 『パイプのけむり』、1964年に「アサヒクラブ」で連載を始め、2000年同誌が休刊するまで続いたエッセイである。 以上のように、音楽とパイプ喫煙とのつながりを紹介した訳だが、それよりももっと深いつながりを想起できるのが「文筆家」である。 |
写真はWikipediaより 1952年10月29日 原典 『アサヒグラフ』 |
では、文筆業界における愛煙家(パイプ喫煙)、その著名人を何人か紹介しよう。 まずはパイプ姿で印象が深いのが開高健、活動開始は1957年から。 『裸の王様』で芥川賞を取るが、遅筆としても有名だったようだ。 |
開高健が好んで喫っていたものを、 ダンタバコが忠実に再現したタバコ、 「ヘレニズム」 |
次に評論家として脚光を浴びたのが、パイプ片手に「だいたいやねー」でお馴染みの竹村健一。 最初の出版は1955年「千五百円世界一周記、留学生の裏窓」。 開高健・竹村健一、共に1930年生まれである事を考えると、1950年のパイプ喫煙ブームに触発された事が推測できる。 |
なお、パイプ喫煙で絶対に外すことが出来ない文筆家がいる。 |
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